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こんばんわ。ヤブニラミジャパン管理人の藪似です。
FC2を使い始めたのはJUGEMの調子があまりにも悪かったからで、こちらは避難所として使わせていただきました。とはいえ、たとえおなじ内容でも2つも更新するのはめんどくさく、三月中旬よりこっちはほったらかしになってしまいました。
まぁそうはいえ、いつまでも調子の悪いJUGEMを使っているわけにはいかず、この度ヤブニラミジャパンは移転の運びとなりました。
今後ともより良い、いや違うな。あいかわらず好き勝手に、ファンの方を怒らせながらも「アタシが本当に思っていること」を書いていくつもりですので、ここで読んでくださった方もぜひ移転先でもよろしくお願いします。
ヤブニラミジャパン 移転先
http://www.yabunirami.org/
- 雑文|
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ここんとこ本家であるJUGEMの調子がいいので
本家のみ更新しています。といってもさいきん毎日は更新できてないのですが。
よろしければ一度のぞいてみてください。
ヤブニラミジャパン<
http://yabunirami.jugem.jp/>
えと、ひさしぶりにリクエストにお応えして。たぶん本人はおぼえてないだろうけど。
高田純次ですか・・・。正直あんまり書くことないんですけどね。東京乾電池の芝居だって見たことないし。まぁいい。無理矢理でっち上げます。
まず高田純次が好きか嫌いかといえば、正直あまり好きなタイプのタレントではありません。とくに『天才たけしの元気がでるテレビ』での高田純次はかなり不快に感じたものです。
以前所ジョージのことを書いた時に、「所ジョージのいいところは、本心が見えにくい」みたいなことを書きましたが、高田純次にもそれが当てはまるかというと、なんとなく微妙にズレている気がするんですね。
というのも、所ジョージなんかはわりとマジメな司会とかもつとまりますけど、高田純次が司会をやると無茶苦茶になるでしょ。だからどうしてもね。不真面目に見えてしまう。。もちろんそれはキャラなだけなのはわかるけど、やっぱ際限がなさすぎて、ついていきずらい部分があったんです。
さて
『無責任』といえば植木等ですが、高田純次も『無責任』とタイトルのついたサラリーマンドラマをやったことがあります。やたらレンタルビデオ屋においてあるので見たことのある人も多いんじゃないでしょうか。
たしかに高田純次のキャラは、かの無責任男に近い部分があります。でも違うのですよ。
本家の話ですが『ニッポン無責任野郎』(1962 東宝)にこんな場面があります。
詐欺すれすれの行動で上司をダマしてきた植木等、ついにすべてがバレ、上司役の人見明に「会社の信用も、わしのメンツも、まさに風前の灯火じゃないか」といわれる(そりゃそうだわな)んですが、この時の植木等の切り返しがスゴい。
なかば笑いながら
「ンフ!そんなもんですかね!?」
上司に「そんなもんですかね」なんてセリフは、本来「君を俺ぐらいの歳になったらわかるよ」とかいわれた時に使うセリフです。が、このセリフ、おもしろいんだけど、「まったく場違いなことをいう」ってのは植木等の常套ギャグなんで驚きに値しないのですが、この言い方がね、全然厭味になってないんです。
これだけ他人を小馬鹿にしたセリフであるにもかかわらず、不思議な痛快感がある。それでいて小馬鹿にしている雰囲気は残している。いやまったくスゴいもんだなぁと。
もし高田純次がこのセリフをいえば、もっとはっきりとした厭味になってしまうと思うのです。小馬鹿感がですぎるんじゃないかなぁと。勝手な想像ですが。
だからね、高田純次の場合、『無責任』というより、むしろ『無軌道』といった方がいいような気がします。
まぁ役者としてはともかく、たとえばレポーターとしてもねぇ。個人的にはタージンの方がおもしろい気がするし。
ところが
アタシにとって「高田純次といえばコレ!」という番組があるんです。散々クサしておいてなんですけど。しかもそれは高田純次が最も不向きな司会の番組なんです。
今はやってないけど、毎年年末になると、無名のCMガール(といえばいいのかな)を紹介していく番組があったんだけど、こんなに高田純次のテキトー極まる司会がハマった番組はなかったと思います。
他の番組で高田純次が司会をやる時って、他の出演者もまぁいやプロじゃないですか。んで高田純次のテキトーな司会に不満をいいながら番組が進行していくみたいなパターンですよね。
たぶんね、意外なことに「他の出演者がプロ」ってのがよくないんですよ。つっこまれた高田純次はさらにテキトーに流したりするもんだから、余計不快になってしまう。かといって素人だと、この人のテキトーさは怖すぎます。
さきの番組は「他の出演者が半素人」というのがミソで、素人じゃないからテキトーにあしらわれてもさほど不快感はないし、プロでもないから高田純次にいらんつっこみはしない。つまり「厭味にならない程度に、テキトーぶりが楽しめる」という、まことに高田純次向きの企画だったんです。(そうなのかね)
やっぱね、本質的には企画にハマる幅の狭いタレントだと思いますよ。ルー大柴とか、村上ショージ並にね。でもさすがツボにハマった時のおもしろさはありますよねぇ。この辺は舞台で鍛えられただけのことはある、というのがアタシの結論です。
ふぅ、なんとかゴマかせたぞ。ではでは
こんばんは、藪似です。めずらしく2日続けての更新です。
昔、高木ブーと何度か飲みにいったことがあることがあるって話を書きました(
リンク)。その時アタシは何度も「関西にもドリフ・ファンが多い」ということをブーさんに力説していたんですけど、いくらいってもブーさんは怪訝な顔をしているのです。
「ホントにドリフって関西でもいまだに人気があるんです。若手芸人でもリスペクトしている人も多いんですよ」と。
するとブーさん
「でもねぇ・・・。やっぱあっちは吉本新喜劇が強いからねぇ・・・。」
吉本新喜劇!いくら全国で無数の舞台を踏んでいたブーさんとはいえ、関西における吉本新喜劇のポジションはなかなか理解し難いものなのかもしれません。
いや、ブーさんですらこうですから、他の地域に住み、関西を遠くから眺めているだけの人には、もっと理解できないでしょう。
設団時は花菱アチャコ、笑福亭松之助、ルーキー新一、平参平などがひっぱり、その後も、花紀京、岡八郎、間寛平、木村進、山田スミ子、池乃めだか、近年では藤井隆や山田花子などの全国区のスターをも輩出しています。しかし東京出身の小林信彦が「郷土愛の象徴」と評したように、その内容は何十年ほとんどかわらず、土着的で閉鎖的な集団でもあります。
この不思議なコメディ集団をひとことで語るのは至難の業です。やってることは同じでも、メンバーは体内のように新陳代謝を繰り返し、土着的でありながら業界人の、とくに舞台を中心にやっているような役者にもファンが多い。たとえば東山紀之や市川染五郎は熱心な吉本新喜劇ファンを公言し、とくに市川染五郎は安尾信乃助というかなりマニアックな人のファンであることを告白しています。
舞台人からそこまでリスペクトされる理由は
いやね、アタシもわからないのですよ。だって、まぁいえばテレビのようなもんなんですから。あって当たり前、みたいなね。しかもドリフとは違ってずっとおなじような感じで存在している。(やめよっカナキャンペーンの時も結局なくならなかったし)
ただおとなになって感じるのは、主力と呼ばれる人の舞台での動きのきれいさであったり、笑い抜きの部分、つまり単純に芝居のうまさだったり。そういうのは子供じゃわからないし、ずっとみていると意外と気がつかないことなんですけど、幸いアタシは東京に行ったり九州に行ったりしてたんで、うまい具合に再認識することができたんですけどね。
さてさて、肝心の部分です。
いったい関西の人は、吉本新喜劇というものをどういう風にみているのか。
無条件でリスペクトしている(「吉本新喜劇で笑えないような人とは話が合わない」)と思っているのは、ほんの一握りの人だけです。テレビとかじゃおもしろがって、こういう人たちを大きく取り上げますが、絶対数は少ない。アタシの少ない人間関係の中でも、こういう無条件肯定派の人にお目にかかったことは一度もありません。
かといって、その逆、つまり無条件否定派もやはり少ない。また市川染五郎のようにマニアックな目で追いかけている人も、やはりマイノリティにすぎません。
ではどういう人が多いかといえば、ずばり「どうでもいい」、「まったく意識したことがない」という人が多いと踏んでいます。
テレビでやっていれば見るけど、わざわざ時間を合わせたり、ビデオに録画してみるまでもない。ギャグやメンバーは知ってるけど、けして深く入り込んだりはしていない。もしなくなっても、なくなるのは悲しいけど、それはほんの一瞬の話、みたいなね。
関西人が入ってくる時、「おじゃましまんにぇやわ!」とか「ごめんください!どなたですか!」とかいうと思ったら大きな間違いです。そんなイタいヤツは関西でも相手にされません。でも「おじゃましまんにぇやわ!」は井上竜夫だとか、「どなたですか!」は桑原和男だということは知っている。
わかりますかね。吉本新喜劇とは世代を問わず共通体験であるのと同時に、吉本新喜劇を好きと公言したり、ギャグを口にすることは少し気恥ずかしかったりするような存在なんです。まるで「昔トシちゃんが好きで」とか「子ニャン子クラブに入ってたんです」と告白するのに近いものがあるんです。
関西以外の人で「相手は関西人なんだから、吉本新喜劇を褒めておけば喜ぶだろ」なんて思っている人がいれば、即刻そんな考えは抹消してください。もしアタシに吉本新喜劇の話でも振ろうものなら、おそらく果てしなく困り果てたように苦笑いを浮かべることでしょう。
だからといって嫌いになったわけじゃなく、今も心のどこかで応援していたりするんですね、これが。実際見てて、笑ったり関心したりすることも多いし。
なんかわかったような、わからないような話ですが。ではでは
なんかワカメちゃんの声優も変わるみたいで。
野村道子といえば今回しずかちゃんも降板するわけでして、なんだか世代交代をひしひしと感じたりなんかします。
そういえば、意外と知られてないみたいなんですけど、内海賢二と野村道子って夫婦なんですよね。でもこのふたりが共演している作品って案外思いつきませんが。
以前「『サザエさん』と『ハクション大魔王』がおなじ日に放送がはじまった。しかも続きの時間で」みたいなことを書きましたが、よく考えれば加藤みどりと貴家堂子は、この両方の作品で主演クラスを演じているんですね。こんなことは今じゃちょっとないんじゃないでしょうか。
(ちなみに『サザエさん』はサザエさんとタラちゃん、『ハクション大魔王』はカンちゃんとあくび姫)
さて
もういろんなところで散々書いてありますが、あらためて『ドラえもん』の新声優陣を書き出しておきます。
・ドラえもん=水田わさび(『あたしンち』川島役)
・のび太=大原めぐみ(出演歴なし)
・しずかちゃん=かかずゆみ(『今日からマ王』渋谷美子役)
・ジャイアン=木村昴(『スタンリー』ライオネル役)
・スネ夫=関智一(『機動線武闘伝Gガンダム』ドモン・カッシュ役)
これらの声優さんのこれまでの出演作をみても、全然どんな声なのかわかりません。『あたしンち』は見てたけど、川島(ユズのことが好きな同級生の女の子)って非常に印象の薄いキャラなのでまったくおぼえてないんです。
一部では酷評されているキャストですが、なにしろアタシは声のイメージがつかめないんで、酷評も絶賛もできない。どうなんでしょうね。まぁ実際にはじまってみないとなんともいえないのは間違いないんだけど。でも大山のぶ代がドラえもんの声を演じることになった時、かなりの演技プランを立てていたそうなので、水田わさびにも十分ドラえもんの存在を研究してほしいものです。
(初期の頃、ドラえもんが「・・・なのら」といっていたのは「ロボットなのできれいな標準語だけど、ちょっと舌っ足らず」という大山のぶ代の考えた演技プラン)
そういえば
アニメの『サザエさん』がはじまった当初、局に相当苦情がきたそうです。サザエさんの声がイメージに合わないという。ところがこのことを原作者の長谷川町子に伝えたところ「あたしはいいと思った」といったとかいわなかったとか。
これは大山のぶ代の声を聴いた藤子・F・不二雄が「ドラえもんの声って、こんな声だったんですね」といった話と酷似しています。
なんだかね、原作のファンだった人が最初、いくら違和感があったとしても、原作者が「いい」と思えば、最終的には浸透していくんじゃないかと。
でも今回の『ドラえもん』の場合、原作者の意見は皆無なわけで(あたりまえだけど)、最初に違和感があっても、結果的に浸透していくかは全然読めないわけです。
そもそも原作者が亡くなった後にあらたにアニメがつくられるケースはそうそうなく、まぁ『アストロボーイ・鉄腕アトム』や『ブラックジャック』はそうですけど、空白期間が長かったため「○○役は○○でなければダメ!」みたいなことはなかったじゃないですか。清水マリなんかあんだけ長いことアトムやってきたのに、「えー!清水マリじゃないの?」みたいな声はほとんどなかったはずです。
『天才バカボン』のパパや『ルパン三世』のルパンの方が大きな問題になってたけど、ただ両方とも原作者が健在なので、仮に公の場で発言しなかっても、原作者の考えは立派なリトマス試験紙にはなると思う。
もし藤子F先生を凌ぐのようなすごい話がつくれる脚本家や演出家が現れても、水田わさびが「大山のぶ代より全然いい!」となっても、それでも「このアニメが本当に成功するのか」という指針にはなり得ない。その辺の判断は原作者以外無理なんです。
藤子F先生が日テレ版『ドラえもん』に拒否反応を示したのは、結局こういうことじゃないですかね。主題歌とか富田耕生の声がイメージに合わないとかじゃなくて、直感的に「この企画は失敗する」と感じたからじゃないかと。勝手な想像ですが。
そんなとこで。ではでは
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